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家族の回復の証⑩ 長男の次女の突然死と黙示録の話

  • 執筆者の写真: アイラブジーザスチャーチ
    アイラブジーザスチャーチ
  • 2024年6月18日
  • 読了時間: 10分

更新日:2024年6月24日

神の名「השם」の証


我が家の家族の回復と共に


私の結婚とまた家族の協力と連携は


家族の回復を経てから


更にまた様々な家族のチャレンジをいただいて歩んでいるご家族と隣人になるための


多くの経験をさせていただいています。


長男の口唇口蓋裂のストーリーは以前のブログでも書かせていただきましたが


私たち家族にとって2011年に忘れられない3月11日以外に


二つ記憶に深く刻まれた日付があります。


それは1月8日と5月12日です


次女愛波(えりな)の誕生日と突然死で亡くなった日です。

※突然死した娘のパスポート2011年5月9日に申請し、5月12日に突然死

パスポートを受け取ったのが5月19日。パスポートの期限スタートは

5月13日からでした。私と妻は娘の天国へのパスポートと呼んでいました。


※突然死の後にゼカリヤ書や黙示録や福音書を教えるために子どもたちを

連れて行ったエルサレムのオリーブ山


※教会のホームページにある写真はこのツアーで撮ったオリーブ山から

エルサレムの旧市街の中心地ダビデの町の黄金門を見ながら

         ※旧市街の嘆きの壁

        ※新潟の父と長男家族

        ※友人夫婦と長男家族

        ※三男弟の光と長男義隆の長男志音


娘の突然死を語るにあたり


この家族の回復のストーリーがベースにあって


多くの人たちに支えられて今があることを心から感謝いたします。


2010年の10月頃いわき市に海外から来た宣教師たちが


妻のお腹に手を置いて生まれる赤ちゃんのために祈ってくださったことがありました。


その祈りは忘れられず


「この子を通して神の愛が波のように広がっていきますように」という内容でした。


素晴らしい祈りを捧げていただいたと思い


生まれる子供が娘だと分かりましたので


娘を通して神様の愛が波のように世界に広がっていくことを願って


愛と波でエリナと名づけました。


エリとはヘブライ語で「私の神」


そして「名」と「ナ」をかけて


愛波の読み方を当て字で、「私の神の愛=神の名が波のように世界に広がってほしい」


その思いを込めて娘に命名しました。


誕生してから2ヶ月後


まさかの東日本大震災発生


その更に2ヶ月後に娘は通院している病院の診察前日に


滞在したホテルで突然死で天に召されました。


わずか4ヶ月の生涯でした。


ご存知の通り、病院以外での死亡の場合には行政解剖がなされます。


死因を確定させるためにホテルでの突然死でしたから


当然警察病院での行政解剖が予定されることになりました。


しかし、もしもメスなど入れてしまえば


蘇生や復活する可能性を無くしてしまうと考え


救急車で運ばれた昭和大学病院の緊急治療室で


その後に移動した病院の安置室


そして、更に移動した高輪警察署で


医者、鑑識、刑事と行政解剖をしないようにお願いし


交渉に交渉を重ね


親と牧師というその立場や思いを無視して


法律だからと一辺倒に行政解剖しないでほしいし


させませんとその移動する現場、現場でやり取りを重ねました。


この娘の突然死のためにいわき市から東京まで駆けつけれくれた


仲間たちに心から感謝をいたします。


そして、また病院に駆けつけてくれた友人、知人にも心から感謝を捧げ


高輪警察署から警察病院に移動する最後の交渉は


行政解剖の終わる時間は5月12日の午後2時


救急車で朝一番で通っている昭和大学病院に搬送されて


死亡診断のベッドと安置室への移動が二回


そして、もうその日の行政解剖が終わるというので


高輪警察署では刑事の方達と最後の交渉をしました。


もしも、午後2時までに娘が移動できないならば


私がこの警察署の安置所に残って一緒に朝までそばで祈ります。


それがダメならば、午後2時を過ぎても行政解剖なしで


死亡診断書を書いてもらって娘をいわきまで連れて帰って


蘇る可能性を信じで祈りたいと考えていました。


そして、刑事さんたちもこのしつこいほどの娘の命に対しての諦めない態度に


理解を示してくれて午後2時を過ぎても


警察病院に移動を許してくださったのでした。


そして、私の証言によって死亡診断書が書かれて


「窒息による突然死症候群」ということで娘と共に


渋谷の教会に移動して娘のために祈る時間を持ちました。


そして、一夜明けてから


娘を友人に抱き抱えてもらって私が運転して


いわきの支援センターとなっている妻の母教会へ移動します。


そして、そこから更に三日間24時間体制で祈り続けるわけですが


三日目の夜に奇跡が起きます。


四人のイスラエルの宣教師たちが祈っていると


娘の額に突然


ヘブライ語で神の名が刻まれたのです。


どれくらいはっきりと現れたかというと


父が「誰か額に落書きした人いるか?」と問いたいくらいに


最初ははっきりと文字が浮かび上がりました。


それを帽子の跡だという人もいましたが


私は娘が祈られている間


その支援センターとなった教会の一階で私も含め牧師たち3人で祈っていました。


そうするとその額の文字を見た一人の仲間が


屋上の祈りの部屋から駆け降りてきました。


「エリナちゃんの額に文字が現れているけど、ヘブライ語かな?」


屋上に直ぐには上がらないで


その写真を見せてもらい


心の中で「これはヘブライ語のハシェム(השם)だ」と分かりました。


しかし、父親が自分の娘の額にこんな文字が書かれていると言ってしまっては


どうせ親だから都合よく解釈したに違いないと言われるのが想像に容易いので


「私はこのヘブライ語を読めてわかるけど、あえて自分からは言わないわ」


と仲間たちに答えました。


するとその写真を撮った姉妹たちが韓国の聖書学校の教師に写真のその文字を送って


読み解いてもらいました。


その教師もヘブライ大学で留学されていたヘブライ語の詳しい方でしたが


額の文字の読み方は私と同じ「ハシェム(השם)」でした。


その意味は「The Name」、ユダヤ人たちが神の名を呼ぶ時の呼び名です。


黙示録の22章4節に登場する人たちの額に神の名前が刻まれているとあります。


それまで、黙示録を何回読んでも分かりにくかったのですが


その娘の出来事で聖書を自分の解釈で読んできた箇所を新しい気持ちで読み直そう


更に黙示録をもう一度読み直すきっかけとなったのです。


さて、娘の額に刻まれた神の名


娘の誕生の際に願ってつけた名前の通り


娘の短い4ヶ月の人生で


このニュースは世界のクリスチャンに知られることになりましたが


この出来事の前日に実は2箇所で不思議な神様の御業がなされていたのでした。


1箇所は北海道


もう1箇所は茨城でした。


北海道で娘のために祈ってくださっていた牧師たちには


娘に神の名が刻まれることが幻で示されて


茨城ではエゼキエル書9章を語られた牧師がいました。


"そのとき、ケルブの上にあったイスラエルの神の栄光が、ケルブから立ち上り、

神殿の敷居へ向かった。


それから、腰に書記の筆入れをつけ、亜麻布の衣を着ている者を呼び寄せて、


主は彼にこう仰せられた。

「町の中、エルサレムの中を行き巡り、この町で行われているすべての忌みきらうべきことのために嘆き、悲しんでいる人々の額にしるしをつけよ。」"


エゼキエル書 9章3~4節


娘の額に神様がしるしをつけられることを


このエゼキエル書の聖書箇所から語られたのでした。


それが娘の額に神の名が現れてから言われるのだったら


「後付けでしょ?」と言われるでしょうが


この二人の牧師は娘のために祈っていた二日目にこのことを私にシェアしてくれたのです。


娘のための24時間の祈りは四日間で終えることになりますが


この出来事を知った世界中からのクリスチャンたちは


神のみことば、神のことばの真実さを味わっておられました。


アメリカから来た宣教師チームがこの出来事を知って


これは日本に対しての神のしるしだと励ましてくださいました。


家族への慰めのしるし


それはわかる


しかし、日本へのしるしとはどんな意味があるか祈り続けることになります。


そして、この出来事から4年後の2015年の仮庵の祭りでイスラエルを訪問した時


エルサレムツアーで色んな励ましを受け


世界中から祈られ、神様からの言葉を取り継がれたり


色んな出来事が詰まっていたそのツアーで


予定していなかった一つの場所がありました。


そこはイスラエル初代首相のベン・グリオンが任命された場所でした。


クリスチャンの政治団体を立ち上げるべきか


祈り求めてきたイスラエルツアーで


一緒に訪問した仲間もエルサレムとカルメル山で神様からの励ましを受けとり


私はさらにこの場所を訪問することで


娘の額の神の名の意味深さを考えることになりました。


なぜならイスラエル国家再建のためにユダヤ人の帰還を受け入れてきた


政府ができる前からの重要なアーリアの機関に連れて行ってくれた方と話すと


なんとその方も娘の甦りのために祈ってくれていた方で


「あなたがあの娘さんのお父さんですか」と驚かれたのです。


日本で起きた神様の奇跡が


こうして世界各国に広がっていたのを知って


神の栄光の名を世界に知らせることができたので神様に感謝を捧げました。


日本の国家規模の天地創造の神への悔い改め、立ち返りを祈ってきた者として


世界中に日本で表された神の栄光の名


私の人生にとってこのことはとても重要なことでした。


なぜなら神様は「主の名を呼ぶ者はみな救われる」と言ってくださるからです。


主の名とは


どの神の名前でしょうか?


それは聖書が示す天地創造の神


私たちの罪の身代わりとなって十字架にかかって死なれ


三日後に蘇ったナザレ出身のイエスキリストの名です。


「ハ(ה) シェム(שם)=The Name」(השםヘブライ語は右から左へ)


とは定冠詞ですから


A Nameではなく、The Name唯一の神の名を指します。


さて、日本は今、天地を造られた神様に対して


一人一人はどう向き合っているのでしょうか?


戦後、暫定政府を担った天皇家の東久邇宮稔彦王が首相を任された時


当時、牧師の賀川豊彦は国家再建のアドバイスを求められました。


そこで、賀川豊彦は


戦争責任は天皇や政府だけにあらず


国民全員で神の前に悔い改めなければならないと


「国家総懺悔運動」を進言して


それが国会で承認されるも


なぜかGHQによってこのことが止められました。


まだ神の時ではなかったのでしょうか。


しかし、


今こそ、ヨナ書のように


高い地位にある人から草の根の国民一人一人までが


何かの問題を誰かのせいにして


責任転嫁することをやめて


自分の罪を悔い改めて祈る時です。


自らが滅びる人生ではなく


救われて命に溢れる人生を歩むときです。


ヨナのメッセージで


日本人は何を思うでしょうか?


ヨナはずばり40日後の


ニネベの滅びを語りました。


石でも投げられると思ったでしょうか


このままでは町は滅びると


町全体に語ることを恐れて


一旦は町から逃げてしまいましたが


なんとか生かされてそのメッセージを取り次いだのです。


「日本へのしるし」


それは人々を滅びから救いに導くことができる


天地創造の神の名を呼び求めることが


どれほどの力があることか


それを知らせていくことだと


あれから13年経った今


娘に与えられた命の時間と


娘に示された神の名が日本へのしるしだとしたら


私はヨナのごとく


笑われ、馬鹿にされたとしても


この救いの名を語り続けていきます。


「主の名を呼ぶ者はみな救われます」


どうぞこのメッセージを読んでくださったあと


「イエス様、私を救ってください」と


心の中で祈ってみてください。


神様はあなたの叫び、祈り、呼びかけに応えてくださいます。


もしもその神様からの応答がわかったら


心の扉を開いてイエス様を迎え入れてください。


"わたしはあなたに忠告する。


豊かな者となるために、火で精錬された金をわたしから買いなさい。


また、あなたの裸の恥を現さないために着る白い衣を買いなさい。


また、目が見えるようになるため、目に塗る目薬を買いなさい。


わたしは、愛する者をしかったり、懲らしめたりする。


だから、熱心になって、悔い改めなさい。


見よ。わたしは、戸の外に立ってたたく。


だれでも、わたしの声を聞いて戸をあけるなら、


わたしは、彼のところに入って、彼とともに食事をし、彼もわたしとともに食事をする。


勝利を得る者を、わたしとともにわたしの座に着かせよう。


それは、わたしが勝利を得て、わたしの父とともに父の御座に着いたのと同じである。"


ヨハネの黙示録 3章18~21節


このメッセージを読まれて


イエス様を信じて


一緒に祈りを捧げたい方はぜひコンタクトしてください。


※娘のために捧げらた賛美「ハシェム」

















 
 
 

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